はじめに

このドキュメントは、13年前の冬に亡くなったお隣の一人暮らしだった老人から わたしたち夫婦が聞いた戦争体験の、いわば聞き書きです。その話は戦争の体験談としてもわたしたちの想像を超えていました。個人的なものとはいえ、それだけに過去の日本の戦争の時代を生きた一人の人間の生身の実感に満ちていました。

 

それだけでなく、戦犯処刑をすんでのところで免れて米軍に特別雇用され、戦後の日本にGHQの米兵として帰国するなど、少し変わったところもあったのです。

 

ある夏の暑い午後に家の縁側で始まったその話は、老人のほとんど毎日の来訪によって、延々と数ヶ月も続けられました。時には太陽が中天にある頃から始められ、やがて傾いた光が斜めから ぎらぎらと照りつける時間まで続いたこともしばしばでした。降り出した雨が膝を濡らしても縁側から部屋の中に決して入ろうとしなかったり、相当暗くなっても家はすぐそこだからと帰ることなく続けられたり、今思えば話す方も聞く方も暇というか、 粘り強く時間を過ごしたものだと感心してしまうほどです。

 

けれど話は老人の思い出話にありがちな同じことの繰り返しがなく、全ての事柄はほとんど重複しませんでした。昨日まで話したことをしっかり記憶していて、今日話すことをあらかじめ考えていたかのようでした。必要に応じて全体から細部へ、また時間を遡るかと思えば戻ったりする、わたしたちには興味深く面白いものでした。そんな話がなぜある日突然始まり続いたのか、そのきっかけも理由も今はよく分かりません。多分書いていくうちに分かることがあるかも知れないとも思っています。

 

さらに不思議なことに、今わたしたちが住んでいるのはその人の住んでいた家なのです。その家から隣のわが家まで毎日話をしに訪れてくれていた、その人の家に主亡き後わたしたちが今住んでいる、この偶然に因縁めいたものを強く感じないではおられません。

 

数ヶ月にわたって聞かされたその話を、その人が死んでしまった今ではだれも語る人はいません。このままではいけない気がして書き残しておこうと考えたのです。

 

 

 2011年4月29日        文:K  絵:Kとガハク   

★全体で49話あります。7話ごと7章にまとめました。

右の目次番号からでも入れます。

目次

となりの戦車隊長/バレテ峠と同じ夏